平均値と中央値の使い分け
外れ値の大きさで平均は大きく動きますが、中央値は中央順位の外側にとどまる値の変化には頑健です。所得分布・バイト時給の例で、2 つの代表値がいつ食い違い、どちらを使うべきかを掘ります。
厚生労働省の 2024 年調査では、全世帯の平均所得が 536 万円、中央値が 410 万円。差は 126 万円。さらに、平均所得を下回る世帯は全体の 61.9% を占めています。同じデータから計算した「代表値」がここまでずれ、しかも 6 割以上が平均以下という事実が併存するのは、平均と中央値の計算の仕方も読み方もまったく違うからです。
大学のゼミで夏休みの時給を集計しました。8 人のデータは次のとおりです。
| 名前(仮) | 時給(円) |
|---|---|
| A | 1,000 |
| B | 1,050 |
| C | 1,050 |
| D | 1,100 |
| E | 1,150 |
| F | 1,200 |
| G | 1,300 |
| H | 4,500 |
H だけ桁が違います。音楽フェスの搬入・撤収スタッフとして 1 日 2 万円の単発仕事を入れた結果、時給換算で 4,500 円。他の 7 人は 1,000〜1,300 円の範囲です。
8 人の平均時給は 1,543.75 円。H を除いた 7 人だけで計算すると 1,121.4 円。差は 422.3 円です。
平均 1,543.75 円は 8 人の誰の実時給とも一致しません。一番近い G でも 1,300 円で、平均からはまだ 243.75 円離れます。残り 7 人の時給は 1,000〜1,300 円の帯にあり、平均だけがその帯の外側にあります。
中央値の計算は手順が違います。8 人を小さい順に並べたとき、4 番目と 5 番目(D の 1,100 円と E の 1,150 円)の平均、1,125 円が中央値です。仮に H の時給が 4,500 円から 45,000 円に変わっても、4 番目と 5 番目のメンバーは入れ替わらないので、中央値は 1,125 円のままです。
平均はH 1人の数字を全員で按分し、中央値は並べ替えた中央順位にある値を選びます。同じ「真ん中らしさ」を測る指標でも、中央順位から離れた外れ値の大きさに対する反応が違います。
平均は全データの 大きさ で決まります。中央値は 中央順位にある値 で決まります。
4・5 番目の平均
H 寄与で +419 円
平均が中央値を上回る分
横軸が時給。1,000〜1,300円の帯に7点が並び、4,500円の位置にHが1点。赤い実線(平均1,544円)は帯の外側でH側、青い破線(中央値1,125円)は4番目(Dの1,100円)と5番目(Eの1,150円)の中間にあります。全8値の大きさで決まる平均と、中央順位にある2値で決まる中央値の差が、縦線2本の位置差として可視化されます。
平均値は記号 で表します(「エックスバー」と読みます)。 の上のバーは、統計学で平均を表す慣例の記号です。
はデータの個数(今回は 8)、 は合計を個数で割る操作です。 は の総和で、 なら を意味します。
平均は全員を等しい重み で扱います。H の 4,500 円も、A の 1,000 円も、計算上は ずつ寄与します。
中央値はデータを小さい順に並べたとき真ん中に位置する値です。本記事では中央値を と表記します。
データを小さい順に並べ替えた数列を、改めて と書き直します。
データ数 が 奇数のとき、真ん中はちょうど 1 つに決まります。真ん中の順位を整数 で置けば、
偶数のとき は真ん中が 2 つに割れるので、その 2 つの平均を取ります。
今回のデータは で偶数なので、。4 番目(1,100 円)と 5 番目(1,150 円)の平均、1,125 円が中央値です。
最頻値は「一番多く出てくる値」です。今回のデータでは 1,050 円が 2 人(B・C)で最頻値です。
ただし最頻値は使いどころを選びます。連続的に値が取れるデータ(身長、時給、株価)では、どの値も 1 回しか出ないケースが多く、最頻値が決まらない・決まっても意味が薄いことが多いです。
最頻値が活きるのは、もともとカテゴリや離散値で構成されたデータです。「血液型で一番多いのは A 型」「アンケートの 5 段階評価で最も多い回答は 4」のような場面では、最頻値が代表値として機能します。
H が翌週、別の特殊案件で時給 45,000 円の仕事を得たとします。データの 8 番目だけが 4,500 → 45,000 に変わります。
平均は 1,543.75 円から 6,606.25 円へ、約 4.3 倍。中央値は 1,125 円のままです。
本文の主要数値は次のスクリプトで再計算できます(公開パイプラインの npm run verify:stats-claims でも同じ主張を機械検証します)。
wages = [1000, 1050, 1050, 1100, 1150, 1200, 1300, 4500]
mean = sum(wages) / len(wages)
sorted_w = sorted(wages)
median = (sorted_w[3] + sorted_w[4]) / 2
assert mean == 1543.75
assert median == 1125.0
# H を 10 倍(45,000)に置換 — 人数は 8 のまま
wages_10x = wages[:-1] + [45000]
mean_10x = sum(wages_10x) / 8
delta = mean_10x - mean
assert mean_10x == 6606.25
assert delta == 9 * 4500 / 8 # 係数は 10 ではなく 9
assert sorted(wages_10x)[3] == 1100 and sorted(wages_10x)[4] == 1150
assert (1100 + 1150) / 2 == 1125 # 中央値は不変
# 9 人目として 45,000 を追加した場合(ウィジェットの「外れ値追加」)
wages_add = wages + [45000]
assert sorted(wages_add)[4] == 1150 # 中央値は 1,150 に動く8 人のうち H の値だけを変えるので、分母は 8 のままです。変化分を式で追うと、
プライム記号 '(ダッシュ)は「変化後の値」を表す慣例です。 が元の H の時給、 が変更後の時給、 が変更後の平均です。
H の増加分 円が、そのまま 8 で割られて平均に加算されます。10 倍ぶんの増加なら、その 9 倍ぶん( 円)が平均に加算されます。1,543.75 + 5,062.5 = 6,606.25 円で、表の数字と一致します。
増加量と平均の差は 比例関係です。外れ値の変化量を とすると平均の変化は です。値が 倍になるときは なので、2 倍なら係数 1、10 倍なら係数 9(記事が直後に示す と同じ)です。「10 倍にしたから平均差も 10 倍」ではありません。中央値はこの線形性の外側にあります。計算に使うのは 4 番目と 5 番目の値だけなので、H の順位は 8 番目のままで、4,500 円が 45,000 円に変わっても 4 番目の D(1,100 円)と 5 番目の E(1,150 円)は影響を受けません。中央値は 1,125 円のままです。
値そのものを ずつ重みづけして足します。外れ値の変化量 がそのまま 倍されて結果に加算されます。線形に寄与します。
並べ替えたあとの中央順位にある値を取ります。この8人の例では、Hが中央順位から離れた8番目にとどまり、4・5番目の値も変わらないかぎり 1 円も変わりません。
所得・資産・住宅価格・株式リターンは「右歪み」になりやすい量です。ヒストグラムは、値の範囲をいくつかの区間に区切り、各区間にデータがいくつ入るかを縦棒の高さで表した図です。右歪みとは、そのヒストグラムの右側だけが長く伸びている形のことです。
所得・資産・住宅価格のような量は、下方向には大きな限界がある一方、上方向には大きく伸びる余地があります。少数の高収入者が右裾に外れ値として残るため、分布は右側だけが伸びた形になります。
単峰で滑らかな右歪み分布の典型例では、次の順序がよく見られます(横軸を時給や所得とすれば、左から最頻値・中央値・平均の順)。
この典型例では、最頻値はヒストグラムの山のてっぺん、中央値は データの個数を左右 50:50 に分割する位置、平均は右側の高い値の寄与を受ける重心です。そのため図ではこの順序になります。
左右対称(正規分布)では、平均・中央値・最頻値が同じ位置に重なる
上の図で「右歪み」を選ぶと、図が採用した単峰分布では3本の縦線(最頻値=緑、中央値=青、平均=赤)が左からその順に並びます。「左右対称」では3本が重なります。
ただし、歪度の符号だけからこの不等式を導くことはできません。von Hippel(2005 年、Journal of Statistics Education)が示すように、離散分布、多峰分布、山の形が不規則な分布では、正の歪度でも「最頻値 < 中央値 < 平均」にならないことがあります。ここでの順序は図が示す形の特徴であり、右歪みの定義そのものではありません。
右歪みのデータで「典型的な人・世帯・銘柄はいくらか」を1つの数で要約したいなら、平均よりも中央値の方が目的に合います。一方で、期待値や総額が要る場面(保険料の算定、税収の見積もり、ポートフォリオの期待リターン)では平均の方が正しい答えになります。同じデータでも知りたいことが違えば代表値が違います。平均と中央値の差は、同じ母集団の非対称性を疑う手掛かりになりますが、単位や尺度に依存するため、差額だけで異なる分布同士の歪みの強さを比較することはできません。
厚労省の国民生活基礎調査(2024 年調査・2023 年所得)では、全世帯の平均所得が536万円、中央値が410万円。さらに、平均所得以下の世帯は全体の61.9%を占めます。6割以上が「平均以下」になるのは、高所得側に長い裾を持つ分布と整合します。「ふつうの世帯の所得」を答えたいなら、中央値410万円が目的に近い代表値です。126万円は 平均と中央値という2つの代表値の差 であって、特定の上位世帯が平均を126万円押し上げた寄与額ではありません。個々の世帯の寄与を求めるには、各所得と世帯数を含む元データが必要です。
下のスライダーで H の時給 を変えると、平均と中央値の反応が確認できます。A〜G の時給は固定(1,000〜1,300 円)です。外れ値追加ボタンで「もう 1 人さらに極端な時給の人(45,000 円)が混じった場合」も試せます。
スライダーを右にドラッグすると、赤い縦線(平均)は大きく右へ動きます。青い縦線(中央値)はほぼ静止しています。H の時給を 2,000 円まで下げれば平均が 1,200 円台に落ちて中央値とほぼ重なり、10 万円まで上げれば平均は 13,500 円付近になります。外れ値追加ボタンで 45,000 円を 9 人目として足すと、平均は約 6,370 円、中央値は奇数個になるので 1,150 円(並べ替え後の 5 番目 = E)へ動きます。H を 45,000 円に置き換えるだけ(人数は 8 のまま)なら、中央値は 1,125 円のままです。
赤線と青線の離れ具合は、このデータで代表値がどれだけ違うかを可視化します。ただし、その距離だけから特定の外れ値の寄与額や歪度を一意に逆算することはできません。
所得分布と並行する構造は、株式市場でも起きます。保有銘柄ごとのリターンを横に並べると、分布は右歪みになりやすいです。少数の銘柄が大幅に上昇する一方で、大多数の銘柄のリターンは中央値に近い水準にあります。保有銘柄の平均リターンが実感より良く見えるときは、右歪みが原因です。中央値リターンと並べると、平均を下回る銘柄がどれだけあるかがわかります。
家計の金融資産も右歪みです。預金・株式・債券を合わせた保有額は、下方向には 0 で止まる一方、上方向には大きく伸びる余地があるためです。報道で「世帯あたり金融資産の平均は X 万円」と出るとき、その平均は資産規模の大きい一部の世帯が大きく寄与した数字です。「世帯の半数が持っている金額を知りたい」なら、中央値が答えです。平均は上位層の保有額を込みで按分した数字で、中央値より高く出ます。
ファンドや個別銘柄のパフォーマンス評価では時系列にも右歪みが出ます。年率リターンの平均は、長期で見ると数年の大幅上昇が大きく寄与する一方、中央値のリターンは「半数の年がそれより下、半数の年がそれより上」のラインです。過去 10 年の平均リターンを見るときは、中央値・四分位(25%・75% 点)と並べると、その平均が一部の年に寄与されているかが判別できます。
ポートフォリオ全体の期待リターンを計算する場面では平均が正しい量です。一方、個別銘柄を選ぶ・ファンドを比較する段階では、平均の裏にどれだけ歪みが隠れているかを必ず確認してください。株式・資産・リターンのどの場面でも、何を知りたいかで使うべき代表値が変わるという原則は所得分布と同じです。
平均と中央値の違いは、外れ値への感度の非対称性にあります。平均は値そのものを ずつ重みづけして足すので、1 人の極端な値が全体に直接 で寄与します。中央値は中央順位にある値で決まるため、外れ値が中央順位の外側の同じ側にとどまり、中央順位の値自体も変わらなければ、外れ値の大きさを変えても影響を受けません。中央順位の値を変えたり、観測値が中央順位を横切ったりすれば中央値も変わります。右歪み分布では平均より下の観測が半数を超えることがありますが、その割合は分布全体の形で決まります。
「典型的な人」を知りたいなら中央値、「期待値・総額」を知りたいなら平均。同じデータでも、どちらが答えになるかは何を知りたいかで決まります。
次回(stats-02)は散らばりの測り方、分散と標準偏差を扱います。平均・中央値はデータの「典型値」を表しますが、典型値が同じでもデータの形はまったく違うことがあります。10 人全員が 170cm のグループと、150cm から 190cm まで散らばるグループは、平均身長が同じでも分布はまったく違います。その「散らばり」を数値で表す方法が分散です。