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stats-basics#5

確率の直感

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コインを 100 回投げて 57 回表が出たら、このコインは偏っているのでしょうか。素朴な「半分のはず」は確率という言葉の中身を取り違えた直感で、無限回試行の極限(頻度主義)と賭けに応じる比率(主観確率)の 2 つの中身に切り分ける必要があります。両者は Kolmogorov 三公理という共通の土台で計算され、別の問いにそれぞれ答えます。

コインを 100 回投げて、表が 57 回出ました。このコインは偏っているのでしょうか。「57 回は半分より多いから偏っている」という声と「これくらいの誤差はある」という声が、頭の中で同時に上がります。どちらが正しいかを答えるには、「確率 1/2」という言葉の中身を先に整理しなければなりません。

はじめに

「確率 1/2」という同じ言葉が複数の中身を指しているため、整理なしに議論を始めると噛み合いません。中身を切り分け、100 回投げで表 57 回という具体数値を両者の枠で判定します。

Part 1(stats-01〜04)は手元のデータを記述する道具を揃えました。stats-04 で習った z スコアが、本記事の「公平の幅」判定にそのまま役に立ちます。Part 2 はここ(stats-05)から始まり、確率という不確実性の言語を扱います。

「確率 1/2」に詰め込まれた中身

「コインの表が出る確率は 1/2」と聞いたとき、頭の中にいくつかの声が上がります。「100 回投げれば 50 回ちょうど表が出る」という声。「無限回投げ続ければ表の比率が 1/2 に落ち着く」という声。「このコインが公平だと信じている」という声。

「100 回投げれば 50 回ちょうど表が出る」は確率の中身ではなく、確率に対する誤った期待です。公平なコインを 100 回投げて、ちょうど 50 回表が出る確率は約 8% にすぎません。残り 92% の場合は 50 以外の回数になります。50 ぴったりは特別な数字ではありません。

残る 2 つが確率の正しい中身です。「無限回投げ続ければ表の比率が 1/2 に収束する」という考え方を頻度主義と呼びます。確率を「同じ試行を無限に繰り返したときの相対頻度の極限値」と定義する立場です。

「このコインが公平だと信じている」という考え方は主観確率と呼びます。確率をその事象を信じている度合いとして定義する立場で、「賭けに応じる比率」として操作的に測ることができます。

本記事はこの 2 つの中身を別々に扱い、Kolmogorov 三公理節で両者が共通の土台の上に乗ることを確認します。上で潰した「誤った直感(必ず半々)」は確率の中身ではなく先に除外した対象であること、残る 2 つが別の問いにそれぞれ答えていることが本記事の軸です。

コイン 100 回投げで表 57 回。これは偏っているのか

同じ 57 回というデータでも、確率という言葉のどの中身を採るかで答え方が違います。

同じ 57 回というデータでも、頻度主義と主観確率では答え方が違います。これは 2 立場が「同じ問い」に異なる答えを出すのではなく、そもそも「論点が違う」からです。

nn は試行回数(コインを投げる回数)、pp は 1 回の試行で表が出る確率、SnS_nnn 回の試行で表が出た回数です。公平なコインなら p=1/2p = 1/2n=100n = 100p=1/2p = 1/2 のとき、SnS_n期待値(平均、xˉ\bar{x} に対応する)は E[Sn]=np=100×0.5=50E[S_n] = np = 100 \times 0.5 = 50、標準偏差は次の式で求まります。

σSn=np(1p)=100×0.5×0.5=25=5\sigma_{S_n} = \sqrt{np(1-p)} = \sqrt{100 \times 0.5 \times 0.5} = \sqrt{25} = 5

この式は「1 回の投げで表が出るかどうか」の分散が p(1p)=0.25p(1-p) = 0.25 であり、独立nn 回の試行では分散が nn 倍されることから来ています(詳細は stats-08 で整理します)。

公平なコインを 100 回投げると、表の回数は中心 50 のまわりに σ=5\sigma = 5 の幅で散ります。100 回投げても表がちょうど 50 回になるとは限りません。「50 ± 5 の範囲」つまり 45〜55 の範囲に収まることでさえ、全部のケースが網羅されるわけではありません。

下の図は、横軸を 100 回中の表の回数、縦軸を「公平なコインのもとでの起こりやすさ」として描いた釣鐘型の山です。中心 50 を頂点に、両端に向かって低くなります。青い帯(±2σ、つまり 40〜60)が「公平の幅」を示しています。観測値 57 は帯の中に収まっています。

公平コイン 100 回投げの分布と観測値 5757(z = 1.4)中心 50← ±2σ 帯(40〜60)→303540455055606570100 回中の表の回数0.000.020.040.060.08起こりやすさ(相対)

図の読み方: 横軸は 100 回中の表の回数。中心 50 から青い帯(±2σ)の内側が公平の幅。stats-04 で見た Bollinger Band の ±2σ 境界と同じ発想を援用しています。観測値 57 は赤い点で、帯の中に収まっています。

2 立場の答え方の違い

同じ観測値 57 に対して、頻度主義は「公平な分布の中で 57 は何σ離れているか」を問い、主観確率は「この観測で『公平』という事前信念がどれだけ動くか」を問います。答える主題が違うので、両者は対立しません。

stats-04 で見た Bollinger Band の発想を使います。±2σ\pm 2\sigma を「典型範囲の境界」とする発想です。本記事ではさらに ±3σ\pm 3\sigma を「異常」の目安として加えます。z スコアは z=(m50)/5z = (m - 50) / 5 で計算できます(ここでの mm は観測された表の回数)。57、65、90 の 3 つの観測値で計算した結果を示します。

表の回数 mmz=(m50)/5z = (m-50)/5判定根拠
57z=1.4z = 1.4公平の幅内z = 1.4 < 2(Bollinger Band の ±2σ\pm 2\sigma 境界の内側、stats-04 援用)
65z=3.0z = 3.0公平を超えるz=3.03z = 3.0 \ge 3±2σ\pm 2\sigma の境界を超え、±3σ\pm 3\sigma に到達)
90z=8.0z = 8.0公平とは思えないz=8.0z = 8.0(次段で概算を示す)

では z=8.0z = 8.0 の桁感を確認します。100 回投げの表の回数は、公平コインのもとで釣鐘型(正規分布に近い形)の分布に従うことが知られています。詳しくは stats-08 で扱う中心極限定理が背景にあります。この釣鐘型の分布で z=8z = 8 になる確率は正規近似値で P(Z8)1015P(|Z| \ge 8) \approx 10^{-15}ZZ は標準正規分布に従う確率変数)。これは正規近似値であり、二項分布の点確率 P(X=90)1.36×1017P(X = 90) \approx 1.36 \times 10^{-17} よりやや甘い見積もりです。いずれにせよ天文学的に起こりえない確率に変わりはありません。

公平なコインで 90 回表が出ると主張するのは、確率 101510^{-15} の結果を「普通の揺らぎ」と呼ぶことです。

頻度主義の立場では、公平な分布(n=100,p=1/2n=100, p=1/2)のもとで 57 回は z=1.4z = 1.4z<2|z| < 2 の範囲に収まっています。「このコインは公平だとして、57 回という観測は特別に珍しいか」という問いへの答えは「珍しくない」です。もっと長く投げ続けて相対頻度が安定するのを待つ。それが頻度主義の立場です。

主観確率の立場では、「公平」という事前信念を持って観測を始めた人は、57 回という結果を見ても事後の信念をわずかしか動かしません。z=1.4z = 1.4 は統計的に珍しくないからです。「このコインは少し歪んでいる疑いを持っている」という事前信念を持つ人は、同じ 57 回でより大きく信念を動かします。事前信念の初期値が違う分、観測を受けた後の信念の変動幅も変わります。この「事前信念が観測によってどう動くか」の数式は、stats-07 のベイズ更新で明らかになります。

中身 1: 無限回投げの比率の極限(頻度主義)

以下は教育用に作成した架空の実験データです。コインを 100 回投げ、表が出た回数を 10 回ごとに記録します。

投げた回数 NNそこまでの表の回数 kNk_N相対頻度 kN/Nk_N / N
1040.40
20110.55
50240.48
100570.57

N=10N = 10 の時点では相対頻度 0.40 と真の確率 0.5 からずれています。N=20N = 20 では 0.55 に上がりました。N=50N = 50 では 0.48 に近づきましたが、N=100N = 100 では再び 0.57 に遠のきました。このように、有限回では相対頻度が大きく揺れます。

AA を注目する事象(コイン 1 回投げで「表が出る」)、NN を試行回数、kNk_NNN 回中で事象 AA が起きた回数とすると、NN 回までの相対頻度は kN/Nk_N / N となります。頻度主義の確率は NN を限りなく大きくしたときの極限値として定義します。

P(A)=limNkNNP(A) = \lim_{N \to \infty} \frac{k_N}{N}

同じ実験を 1000 回まで続けると次の値になります。

投げた回数 NNそこまでの表の回数 kNk_N相対頻度 kN/Nk_N / N
100570.570
2001060.530
5002510.502
10005030.503

N=200N = 200 で 0.530、N=500N = 500 で 0.502、N=1000N = 1000 で 0.503 と、0.5 付近に張り付いてくるのが分かります。NN が小さいときは大きく揺れ、NN が大きくなると揺れが小さくなって値が安定します。頻度主義の確率 1/2 は、この安定先の「極限値」です。

von Mises(1919)はこの考え方を体系化し、確率を「頻度極限」として定義することを試みました。ただしこの定義には「極限が存在するかどうか自体が仮定に依存する」という問題があり、実際の試行列で相対頻度が必ず極限に収束する保証は数学的に与えづらく、収束を仮定として置くと循環論法に陥りやすい点が公理化の動機の 1 つになりました。また、「明日の降水確率 70%」のような 1 回限りの事象には、同じ条件で無限回繰り返すという発想が直接は適用できません。相対頻度が真の確率に収束する事実は、「大数の法則」として定理化されています。詳しくは stats-08 で扱います。

中身 2: 賭けに応じる比率としての主観確率

「このコインが公平だと 70% 信じている」という言明は、客観的な裏付けが取れないように聞こえます。しかし Ramsey(1926)と de Finetti(1937)は、主観確率を「気持ち」ではなく「賭けに応じる比率」として操作的に測れることを示しました。Ramsey の論文は生前未発表で 1931 年に遺稿として出版されました。

主観確率は賭けの比率として測れる

Ramsey(1926)は「信念の度合いを賭けに応じる比率として測る」という操作的定義を提示しました。de Finetti(1937)はこれをさらに「Dutch book 論証」で精密化しました。「気持ち」に見えた量を、お金で動く行動として観測できます。

「表が出たら 100 円もらえる」賭けに何円まで出せるかを考えます。70 円なら賭けるが 71 円なら賭けない人は、表が出ることの主観確率をちょうど 70/100 = 0.70 と持っています。この「賭けに応じる最大金額÷賞金」の比率が主観確率の操作的定義です。70 円まで出すということは、期待値 = 0.70 × 100 − 70 = 0 と判断していることに対応します。

では「一貫性のない賭けレート」を持つとどうなるでしょうか。de Finetti が示した「Dutch book 論証」の核心はここにあります。「表が出る確率 = 0.7」と「裏が出る確率 = 0.4」を同時に持つ人は、確率の合計が 0.7 + 0.4 = 1.1 ≠ 1 となります。これは公理 2(P(Ω)=1P(\Omega)=1)と公理 3(排反事象の加法性)を組み合わせると P()+P()=1P(\text{表})+P(\text{裏})=1 が要請されますが、0.7 + 0.4 = 1.1 はこれに違反します。この状態では、それぞれの賭けを組み合わせることで必ず損する賭けの組み合わせを作られます。損する賭けの組み合わせを Dutch book と呼びます。合計が 1 を下回る場合(例: 表 = 0.3、裏 = 0.2 で合計 0.5)も同様に Dutch book が成立します。合計が 1 でないこと自体が問題の核心です。Dutch book を作られないための必要十分条件が「確率の公理を満たすこと」になります。Dutch book 論証の数式展開は補足記事で扱います。

頻度主義は無限回の実験という理想化された操作で値が決まります。主観確率は信念という内的状態で値が決まります。測定方法も値を変える仕組みも異なります。しかし両者とも 0 以上 1 以下の数値として、同じ確率の規則(次節の Kolmogorov 公理)を満たします。

Kolmogorov 三公理: 解釈の対立を共通土台に乗せる

確率の「中身」をめぐる対立は 200 年以上続きました。Kolmogorov(1933)はこの対立を解消したのではなく、両立場が共通で従うべき計算の土台を整備しました。

Laplace(1812)の古典的確率 P(A)=A/ΩP(A) = |A|/|\Omega| は「同様に確からしい場合の数の比」という定義で、サイコロやコインに威力を発揮しました。本記事で確率の「中身」として古典的確率を独立に立てなかった理由は、この後すぐ循環論法が露呈するからです。現代では Kolmogorov 公理に吸収された位置づけになっています。

Bertrand(1889)の逆説がその循環論法を示しました。「円に内接する正三角形の一辺より長くなるランダムな弦の確率は?」という問題に、「ランダムに弦の端点を選ぶ」「ランダムに弦が通る径上の点を選ぶ」「ランダムに弦の中点を選ぶ」の 3 通りで 1/3、1/2、1/4 と異なる答えが出ます。「同様に確からしい」の定義が曖昧なとき Laplace 流の古典的確率は答えが変わります。詳細は補足記事で扱います。

von Mises(1919)の頻度極限定義は「明日の降水確率」のような 1 回限り事象を扱えません。Ramsey と de Finetti の主観確率は客観性の担保が難しいです。それぞれが持つ問題点は残ったままでした。

Kolmogorov は 1933 年にドイツ語で公刊した『確率論の基礎概念』(Grundbegriffe der Wahrscheinlichkeitsrechnung)で、測度論を基礎に 3 つの公理から確率論を組み立てました。その核心は「確率の定義と確率の解釈を切り離した」ことです。確率は公理を満たす関数です。何の現実を表すかは解釈の問題として別に扱います。

Kolmogorov 1933: 定義と解釈を切り離した

Kolmogorov の公理化(1933)は頻度主義と主観確率の対立を「解消」したのではありません。両者が共通で従うべき土台を整備しました。頻度主義でも主観確率でも、確率と呼ぶには 3 公理を満たす必要があります。200 年の対立は続いていますが、数学的な計算はこの土台の上で統一されています。

3 公理は次の通りです。

  1. 非負性: P(A)0P(A) \ge 0(確率は 0 以上)
  2. 全体測度: P(Ω)=1P(\Omega) = 1(標本空間 Ω\Omega 全体の確率は 1)
  3. 可算加法性: 互いに排反な事象 A1,A2,A_1, A_2, \ldots について P(A1A2)=P(A1)+P(A2)+P(A_1 \cup A_2 \cup \cdots) = P(A_1) + P(A_2) + \cdots

Ω\Omega(標本空間)は「起こりうる結果すべての集まり」です。コイン 1 回投げなら、表と裏の 2 つが Ω\Omega になります。3 公理を確認します。表が出る確率を P()=1/2P(\text{表}) = 1/2 とすれば P()=1/20P(\text{表}) = 1/2 \ge 0(公理 1)。表と裏は互いに排反P()+P()=1/2+1/2=1=P(Ω)P(\text{表}) + P(\text{裏}) = 1/2 + 1/2 = 1 = P(\Omega)(公理 2 と 3)。3 つとも満たしています。

幾何的なアナロジーとして、確率を面積として見ることができます。Ω\Omega を矩形全体と思い、事象 AA をその中の部分領域とします。P(A)P(A) はその領域の面積を全体面積で割った比率です。公理 1 は「面積は 0 以上」、公理 2 は「全体の面積が 1」、公理 3 は「重ならない領域の面積は足せる」という日常感覚そのものです。この面積のイメージは stats-07(ベイズの面積)でそのまま使います。

確率を面積で見る: Ω = [0, 1] の中で事象 A・B を表すA: P(A) = 0.6B: P(B) = 0.3残り = P((A∪B)ᶜ) = 0.10.00.60.91.00.01.0

横軸は Ω=[0,1]\Omega = [0, 1]、縦軸も [0,1][0, 1] で全体が 1 × 1 = 面積 1 の矩形。青い領域が事象 AA(幅 0.6)、橙色の領域が排反な事象 BB(幅 0.3)。それぞれの面積がそのまま P(A)=0.6P(A) = 0.6P(B)=0.3P(B) = 0.3 になります。AB=A \cap B = \emptyset(重ならない)なので公理 3(加法性)から P(AB)=0.6+0.3=0.9P(A \cup B) = 0.6 + 0.3 = 0.9、残った白い領域の面積 0.1 が P((AB)c)=10.9P((A \cup B)^c) = 1 - 0.9 に対応します。確率の 3 公理がそのまま面積の常識と一致します。

計算3 公理から導かれる基本性質

3 公理から以下の性質が導かれます。

余事象:

P(Ac)=1P(A)P(A^c) = 1 - P(A)

AAAcA^cAA が起きない事象)は互いに排反で、合わせて Ω\Omega 全体になります。公理 3 より P(A)+P(Ac)=P(Ω)=1P(A) + P(A^c) = P(\Omega) = 1、したがって P(Ac)=1P(A)P(A^c) = 1 - P(A)。コイン投げなら P()=1P()=11/2=1/2P(\text{裏}) = 1 - P(\text{表}) = 1 - 1/2 = 1/2

加法定理:

P(AB)=P(A)+P(B)P(AB)P(A \cup B) = P(A) + P(B) - P(A \cap B)

AABB が重なる部分は二重に数えられるので引きます。面積アナロジーで考えると「2 つの領域を合わせた面積 = A の面積 + B の面積 - 重なりの面積」という日常の面積計算と同じです。

賭博者の誤謬: コインに記憶はあるか

コインを投げて 10 回連続で表が出たとしましょう。「さすがに次は裏が出やすい」という感覚は、多くの人が持つ直感的な確信です。

賭博者の誤謬

「10 回連続で表が出たから、次は裏が出やすい」は賭博者の誤謬(gambler's fallacy)と呼ばれる独立性の誤解です。コインの試行は独立なので、11 回目に表が出る確率は依然 1/2 です。

コインの試行は互いに独立です。独立とは「過去の結果が次の試行の確率に影響しない」という性質で、数式では P(AB)=P(A)×P(B)P(A \cap B) = P(A) \times P(B) と表現されます(詳細は stats-06 で扱います)。10 回連続表の後でも、11 回目にコインを投げたとき表が出る確率は 1/2 のまま変わりません。コインは過去の結果を記憶しません。

賭博者の誤謬は独立性の否定

「10 回連続表の後は裏が出やすい」という直感は、独立な試行では誤りです。過去の結果は次の確率を変えず、表が続いても次に表が出る確率は 0.5 のままです。コインは過去を覚えていません。

しかし「10 回連続表」という結果は、「このコインは公平だ」という主観的信念(事前信念)にとって珍しい事象です。n=10n = 10m=10m = 10mm は表が出た回数)の場合、z スコアは次のように計算できます。

z=1010×0.510×0.5×0.5=1051.583.16z = \frac{10 - 10 \times 0.5}{\sqrt{10 \times 0.5 \times 0.5}} = \frac{10 - 5}{1.58} \approx 3.16

z3.16|z| \approx 3.16 は公平の幅 z<2|z| < 2 を超えています。この観測が「公平だ」という信念を下げる合理的な理由になります。主観確率を持つ人は、この観測で「公平」という信念を更新します。

賭博者の誤謬は頻度主義を混乱した形で適用した誤りです。「10 回連続表の後で裏が出やすくなる」というのは「将来の試行が過去の結果に依存する」と言っているのと同じで、独立性の否定になります。コインが独立な試行であれば誤謬で、コインが歪んでいる疑いを更新した主観確率の話であれば合理的な推論です。

相対頻度の収束(alphaviz)

頻度主義節の表は 100 回止まりでした。下の図は同じコイン投げを累積で追います。横軸を累積試行回数(NN)、縦軸をそこまでの表の比率(kN/Nk_N / N)として折れ線で描いたものです。青い折れ線が実験 1 本の軌跡、赤い破線が理論値 0.5 を示します。

相対頻度の収束: コインを N 回投げたときの k_N / N の軌跡理論値 0.5実験の軌跡020406080100累積試行回数 N0.00.30.50.81.0相対頻度 k_N / N

図の読み方: 横軸はコインを投げた回数 NN、縦軸はそこまでの表の相対頻度 kN/Nk_N/N。青い折れ線が 1 回の実験の軌跡、赤い破線が理論値 0.5 を表す。

N=10N = 10 付近では折れ線が 0 から 1 近くまで大きく振れます。N=100N = 100 に近づくと折れ線は 0.5 付近の細い帯に張り付きます。収束先はいつも 0.5 付近です。頻度主義節の式 P(A)=limNkN/NP(A) = \lim_{N \to \infty} k_N / N が、この収束として目に見えています。

上の図は seed を固定した 1 例です。下の図では自分でコインを投げられます。「100 回投げる」を何度か押すと、毎回違う軌跡をたどっても表の割合が最後は真の確率に張り付くのが分かります。真の確率 pp を変えれば、収束先もそれに合わせて動きます。

触って確かめる:投げ続けると表の割合は真の確率に収束する

投げた回数 0
触って確かめる:投げ続けると表の割合は真の確率に収束する真の確率 p = 0.50100200300400500投げた回数0.00.20.40.60.81.0表の累積割合

最初の数回は大きく上下するが、投げる回数が増えるほど累積割合は真の確率 p(赤い破線)に張り付く。これが大数の法則。p を変えれば収束先も変わる。

真の確率 p
0.50
の累積割合
p との差

金融での登場場面

「明日の株価は上昇する確率 60%」という言明は金融現場で日常的に聞きます。この 60% は 2 種類の意味に分かれています。過去 100 トレードで 60 勝 40 敗という記録があれば、それは頻度主義的な確率で「過去の勝率」です。トレーダーが「今日の地合いを見て 60% だと思う」と言うときは、主観確率として個人の信念を数値化しています。同じ「60%」でも依拠するデータと更新のルールが違います。

オプション価格から逆算される確率は、さらに別の意味を持ちます。市場価格から計算されるリスク中立確率 QQ は、実際の世界の確率(実確率 PP)とは原理的に異なる測度です。リスク中立確率は「すべての資産の期待リターンがリスクフリーレートになるよう調整された仮想の確率」で、オプション評価に使う計算上の道具です。クオンツ入門シリーズで詳しく扱います。

モンテカルロ法で VaR(バリュー・アット・リスク)を計算するとき、試行回数 nn を増やすと相対誤差が 1/n1/\sqrt{n} で縮みます。1 万回のシミュレーションを 100 万回に増やすと誤差が 1/10 になります。この 1/n1/\sqrt{n} の収束は、先に見た相対頻度の安定と同根の性質で、stats-08 の大数の法則として正当化されます。

次に学ぶこと

次回 stats-06「期待値」では、確率変数の言葉を導入し、無限回平均としての期待値とその線形性を扱います。本記事の頻度主義の式 P(A)=limNkN/NP(A) = \lim_{N \to \infty} k_N / N が、確率変数期待値 E[X]E[X] として一般化されます。

Part 2 の流れは stats-05(確率の直感)→ stats-06(期待値)→ stats-07(条件付き確率とベイズの面積)→ stats-08(大数の法則と中心極限定理)です。stats-08 では、本記事で見た「コイン 100 回投げで相対頻度が 0.5 付近に落ち着く」という事実が、大数の法則として正式に定理化されて戻ってきます。

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