同時確率とは、2 つ以上の事象が同時に起きる確率のことです。記号で と書き、矩形の面積として図解できます。
定義
同時確率(joint probability)は、1 回の試行で事象 と事象 の両方が成り立つ確率を指します。記号は (「 かつ 」)です。
ここで 、 は起こりうる結果のまとまり(事象)、 は「かつ」を表す集合演算、 は確率を返す関数です。
機械学習・ベイズ統計の文脈では と書くこともあります。 と は同じ量を指します。「同時に起きる」とは時刻が重なるという意味ではなく、1 回の試行の中で両方の条件が成立するという意味です。
性質
- 対称性: 。「A かつ B」と「B かつ A」は同じ事象を指すので、順序を入れ替えても値は変わりません。
- 値域の上限: 。両方が成立する確率は、片方だけが成立する確率を超えません。 になるのは が起きるたびに必ず も成立する場合だけです。
- 乗法定理: 。ここで は「 が成立したときに も成立する確率(条件付き確率)」です。同時確率は条件付き確率を経由して計算できます。
- 独立な場合の積: と が独立のとき が成立します。これは乗法定理で を代入した特殊ケースです。独立でない場合、一般に です。
- 周辺確率との関係: 離散の場合、 で周辺確率が得られます。同時確率から一方の変数を「足し合わせる(周辺化する)」と片方の確率が出てくる関係です。
視覚的に見る
感度 90%(= 0.90)、偽陽性率 9%(= 0.09)、有病率 1%(= 0.01)の医療検査を例に、4 セルの面積比図で同時確率を示します。全体の確率を幅 1 の矩形とみなし、病気帯(幅 0.01)と健康帯(幅 0.99)に縦分割します。各帯をさらに陽性・陰性で横分割します。病気帯では陽性の高さ 0.90、陰性の高さ 0.10。健康帯では陽性の高さ 0.09、陰性の高さ 0.91 です。
視認性のため、病気帯の幅を実際の 0.01 から 0.12 に誇張して表示しています。各セルのラベルには計算上の正確な同時確率を記載しています。
各セルの面積(幅×高さ)が同時確率を表します。病気×陽性のセルは幅が 、高さが なので、面積 です。これは乗法定理 の計算と一致します。4 つのセルの面積を合計すると 1 になります(確率の全体と一致)。
「同時に起きる」を「同時刻に発生する」と解釈しないでください。「病気かつ陽性」の「同時」は、1 人の患者に対して「病気である」と「検査が陽性である」の両方が成立するという意味です。時系列での同時発生ではありません。
実世界での使われ方
医療検査の精度評価では、病気と検査陽性の同時確率が陽性的中率の計算に直結します。国立保健医療科学院 が公表する感度・特異度・有病率のデータから を逆算することで、「陽性と判定された患者が本当に病気である確率(陽性的中率)」の分母・分子をそれぞれ特定できます。有病率が低い疾患では、 が小さく、 が相対的に大きくなるため、陽性でも病気でないケースが多数を占めるという直感に反した結論が出ます。
金融リスク管理では、複数資産の同時下落確率が VaR(Value at Risk)や CoVaR の計算基盤です。「ポートフォリオの 2 銘柄が同月にともに 10% 以上下落する確率」のような同時確率を推定し、分散投資の効果(同時下落確率の低さ)をモデル化します。相関係数だけを見て同時下落リスクを評価すると危険で、コピュラ理論(後述)では同時確率を正確に扱う数学的枠組みを提供します。
自然言語処理の単語共起では、2 単語が同じ文書に同時出現する確率 から PMI(相互情報量)を計算します。PMI は で定義され、同時確率が周辺確率の積より大きいほど「共起の強さ」を示します。Stanford NLP の情報検索教科書 でも基本概念として位置づけられています。
公的統計の分割表では、総務省統計局の労働力調査 における「男性かつ完全失業者」のようなクロス集計セルが、性別×雇用状態の同時確率の母集団推計を表します。分割表の各セルの数値は、調査対象集団における同時確率を標本比率で推定した値です。
深掘り
連続変数への拡張は微積分(密度関数)を前提とするため、離散の理解で止めてもかまいません。
連続変数への拡張: 同時分布関数と同時密度関数
離散の を連続変数 に拡張すると、同時分布関数(cumulative distribution function)は
と定義されます。さらに を と それぞれで偏微分すると同時密度関数が得られます。
この は かつ を満たします。多変量正規分布など、後続のすべての多変量分布はこの同時密度関数の特定の形として定義されます。
独立性の厳密な定義と「無相関 ≠ 独立」
個の確率変数 の同時分布関数 が周辺分布関数の積に分解できるとき、すなわち
が成立するとき、 は独立と定義されます。
相関係数がゼロ(無相関)であることと独立は別の概念です。無相関は「 と の共分散がゼロ」という線形関係の不在を意味するだけで、非線形な依存関係が残っていても無相関になります。 のような関係では と の相関係数がゼロになることがあります( が対称分布を持つ場合)が、明らかに独立ではありません。実務で「相関ゼロだから独立」と判断するのは誤りです。
Sklar の定理とコピュラへの接続
同時分布は「各変数の周辺分布」と「変数間の依存構造」に分離できます。この分離を保証するのが Sklar(1959)の定理で、任意の同時分布関数 に対して
を満たすコピュラ関数 が存在します(連続分布の場合は一意)。各周辺分布を一様分布に変換した後に残る が、純粋な依存構造を表します。金融工学では異なる資産クラスの同時下落リスクを Gaussian Copula や t Copula でモデル化することが標準的で、stats シリーズの相関と回帰以降の応用編で詳しく扱います。
関連する用語
- 条件付き確率: 乗法定理 で同時確率と相互変換できます
- 周辺確率: 同時確率を一方の変数で和(積分)を取ると周辺確率が得られます
- 独立性: 同時確率が周辺確率の積に分解できる特殊条件です
- ベイズの定理: 同時確率の対称性 から導かれます
この用語を扱う本編記事
- 条件付き確率とベイズの面積(stats-07): 節 3 で矩形の 4 セル面積として同時確率を導入しています