排反事象とは、2 つ以上の事象が同時に起こりえない関係です。
定義
事象 A A A と B B B が排反であるとは、両方が同時に起こることがないことを指します。集合の言葉で書けば、A A A と B B B の共通部分 A ∩ B A \cap B A ∩ B (「A A A かつ B B B 」が起こる場合の集合)が空集合 ∅ \emptyset ∅ になることです。
確率の言葉に翻訳すると、同時に起こる確率 P ( A ∩ B ) P(A \cap B) P ( A ∩ B ) が 0 になります。離散・有限の場合、A ∩ B = ∅ A \cap B = \emptyset A ∩ B = ∅ と P ( A ∩ B ) = 0 P(A \cap B) = 0 P ( A ∩ B ) = 0 は同値です。連続の確率モデルでは P ( A ∩ B ) = 0 P(A \cap B) = 0 P ( A ∩ B ) = 0 であっても A ∩ B A \cap B A ∩ B 自体が空集合でないケース(測度 0 の集合)があるため、この方向の同値は一般には成立しません。
記号の説明です。A A A と B B B は事象(起こりうる出来事を集合として表したもの)、∩ \cap ∩ は集合の「かつ」(交わり、「キャップ」と読みます)、∅ \emptyset ∅ は要素が 1 つもない空集合です。3 事象以上では「対ごとに排反(pairwise disjoint )」と言い、任意の 2 事象 A i , A j A_i, A_j A i , A j (i ≠ j i \ne j i = j )について A i ∩ A j = ∅ A_i \cap A_j = \emptyset A i ∩ A j = ∅ が成立する状態を指します。本エントリでは対ごとの排反を採用します。
性質
排反事象には以下の性質があります。
加法定理が素直になる : 排反のとき P ( A ∪ B ) = P ( A ) + P ( B ) P(A \cup B) = P(A) + P(B) P ( A ∪ B ) = P ( A ) + P ( B ) と補正なしで足し算できます。一般の加法定理 P ( A ∪ B ) = P ( A ) + P ( B ) − P ( A ∩ B ) P(A \cup B) = P(A) + P(B) - P(A \cap B) P ( A ∪ B ) = P ( A ) + P ( B ) − P ( A ∩ B ) では「2 回数えた重なりを 1 回引く」補正項が必要ですが、排反なら P ( A ∩ B ) = 0 P(A \cap B) = 0 P ( A ∩ B ) = 0 でこの項が消えます。
同時に起こる確率が 0 : P ( A ∩ B ) = 0 P(A \cap B) = 0 P ( A ∩ B ) = 0 が保証されるため、「どちらか起きたか」だけを考えればよくなり、確率モデルが大きく単純化されます。
独立性 とは正反対の関係 : 独立 は「A A A が起きたかどうかを知っても B B B の確率が変わらない」状態、排反は「A A A が起きたら B B B の確率が 0 になる」状態です。P ( A ) > 0 P(A) > 0 P ( A ) > 0 かつ P ( B ) > 0 P(B) > 0 P ( B ) > 0 の 2 事象が同時に排反かつ独立 になることはありません(深掘り節で証明します)。
完全分割の構成要素 : 標本空間 Ω \Omega Ω (起こりうるすべての結果の集合)を互いに排反な事象群 A 1 , A 2 , … , A n A_1, A_2, \ldots, A_n A 1 , A 2 , … , A n で隙間なく覆い尽くした構造を完全分割(partition)と呼びます。全確率の公式 や条件付き確率 を自然に分解するための土台です。
視覚的に見る
サイコロを 1 回振る試行を例にします。事象 A A A 「1 の目が出る」と事象 B B B 「2 の目が出る」は、どちらも P ( A ) = P ( B ) = 1 / 6 P(A) = P(B) = 1/6 P ( A ) = P ( B ) = 1/6 で、1 回の試行で 1 と 2 が同時に出ることはありません。これが排反です。
排反事象のベン図(サイコロの例) A 1 B 2 3 4 5 6 Ω
2 つの円が完全に離れています。円と円の間に重なりがない、つまり共通部分 A ∩ B = ∅ A \cap B = \emptyset A ∩ B = ∅ であることがベン図でそのまま確認できます。
この設定で加法定理を計算すると、P ( A ∪ B ) = 1 / 6 + 1 / 6 = 2 / 6 = 1 / 3 P(A \cup B) = 1/6 + 1/6 = 2/6 = 1/3 P ( A ∪ B ) = 1/6 + 1/6 = 2/6 = 1/3 となります。一般の加法定理 P ( A ∪ B ) = P ( A ) + P ( B ) − P ( A ∩ B ) P(A \cup B) = P(A) + P(B) - P(A \cap B) P ( A ∪ B ) = P ( A ) + P ( B ) − P ( A ∩ B ) に当てはめると 1 / 6 + 1 / 6 − 0 = 1 / 3 1/6 + 1/6 - 0 = 1/3 1/6 + 1/6 − 0 = 1/3 で、補正項 − P ( A ∩ B ) = 0 -P(A \cap B) = 0 − P ( A ∩ B ) = 0 が効いて足し算だけで済んでいます。比較として、A A A 「偶数の目」と B B B 「3 以下の目」では A ∩ B = { 2 } A \cap B = \{2\} A ∩ B = { 2 } が存在し、P ( A ∪ B ) = 3 / 6 + 3 / 6 − 1 / 6 = 5 / 6 P(A \cup B) = 3/6 + 3/6 - 1/6 = 5/6 P ( A ∪ B ) = 3/6 + 3/6 − 1/6 = 5/6 と補正が必要になります。
実世界での使われ方
排反事象は「場合分けが互いに重ならず、合計が全体になる」場面で広く使われます。
公的統計の年齢階級分け : 総務省統計局「人口推計 」の 5 歳階級(0〜4 歳、5〜9 歳、10〜14 歳、…)は互いに排反かつ全体を覆う完全分割です。各階級の人数を足すと総人口に一致します。これが排反性の実際的な意味で、排反でない分類(例: 「大都市圏の 30 代」と「会社員の 30 代」は重複する)では単純に足し算をすると二重計上が起きます。集計の設計上、階級境界を明確に切って排反性を担保することが不可欠です。
金融商品の損益カテゴリ : ある取引が「利益 / 損失 / トントン(差益 0)」のどれか 1 つに必ず分類されます。日本銀行「金融経済統計月報 」で集計される銀行の損益区分もこの排反な場合分けで設計されており、「利益の確率 + 損失の確率 + トントンの確率 = 1」と素直に書けます。排反性が崩れると、たとえば「利益かつ損失の取引」という定義矛盾が生まれ、確率の合計が 1 を超えるか割り込むかのどちらかになります。
機械学習の多クラス分類 : 画像を「犬 / 猫 / 鳥」のいずれか 1 クラスに分類するタスクでは、各クラスが排反かつ完全分割になるよう設計します。分類器の出力層に使われる softmax 関数は ∑ k p k = 1 \sum_k p_k = 1 ∑ k p k = 1 を保証しますが、この等式が成立する根拠は「各クラスが互いに排反で標本空間を覆い尽くす」という仮定です。マルチラベル分類(1 つの画像に「猫」「室内」の両方を付けるタスク)では排反性が崩れるため、softmax ではなく sigmoid を各クラスに独立 に適用する設計に切り替わります。
深掘り
σ \sigma σ 加法性は測度論の公理にあたり L1 の範囲を超えます。排反事象の使い方には関係しません。
完全分割と σ \sigma σ 加法性
標本空間 Ω \Omega Ω を互いに排反な事象群 A 1 , A 2 , … , A n A_1, A_2, \ldots, A_n A 1 , A 2 , … , A n で覆い尽くした構造を完全分割と呼びます。記号で書けば:
⨆ \bigsqcup ⨆ は互いに排反な集合の和(disjoint union)です。このとき任意の事象 B B B を各 A i A_i A i と交差させると、B = ⨆ i = 1 n ( B ∩ A i ) B = \bigsqcup_{i=1}^{n} (B \cap A_i) B = ⨆ i = 1 n ( B ∩ A i ) と排反な断片に分解でき、全確率の公式
が成立します。Kolmogorov の確率公理の 1 つ「σ \sigma σ 加法性」は「可算個の互いに排反な事象 A 1 , A 2 , … A_1, A_2, \ldots A 1 , A 2 , … について P ( ⋃ i = 1 ∞ A i ) = ∑ i = 1 ∞ P ( A i ) P\bigl(\bigcup_{i=1}^{\infty} A_i\bigr) = \sum_{i=1}^{\infty} P(A_i) P ( ⋃ i = 1 ∞ A i ) = ∑ i = 1 ∞ P ( A i ) 」と述べており、この公理自体が排反性なしには成立しません。全確率の公式 はこの σ \sigma σ 加法性と完全分割を組み合わせた結果です。
独立性 との数学的対比
独立性 と排反性はよく混同されますが、定義を並べると正反対の関係にあります。
P ( A ) > 0 P(A) > 0 P ( A ) > 0 かつ P ( B ) > 0 P(B) > 0 P ( B ) > 0 のもとで両者が同時に成立するには P ( A ) P ( B ) = 0 P(A) P(B) = 0 P ( A ) P ( B ) = 0 が必要ですが、これは P ( A ) > 0 P(A) > 0 P ( A ) > 0 かつ P ( B ) > 0 P(B) > 0 P ( B ) > 0 という前提と矛盾します。つまり非零確率の 2 事象が排反かつ独立 になることはありません。
情報量の立場から言い換えると、独立 は「A A A が起きたかどうかを知っても B B B の確率は変わらない」(A A A は B B B に関する情報を持たない)状態です。排反は「A A A が起きたと知った瞬間に B B B の確率が 0 になる」状態で、A A A が B B B について最大限の負の情報を運んでいます。独立 が「情報ゼロ」なら、排反は「最強の従属」と位置づけられます。
包除原理への接続
排反でない一般の n n n 事象では、和事象の確率が包除原理で展開されます。
排反のとき、2 個以上の交差確率がすべて 0 になるため、第 1 項 ∑ i P ( A i ) \sum_i P(A_i) ∑ i P ( A i ) だけが残ります。加法定理が「単純な足し算」に収まるのは、n n n 事象の包除原理から 2 番目以降の項が全部落ちるからです。この構造は n n n が大きいほど劇的に効いてきます。
関連する用語
独立性 — 排反性と最も混同される対比概念。排反が「最強の従属」であるのに対し、独立 は「従属の真逆」
条件付き確率 — 完全分割の上で全確率の公式 ・条件付き確率 が定義される
同時確率 — P ( A ∩ B ) P(A \cap B) P ( A ∩ B ) そのもの。排反のとき 0 になる量
周辺確率 — 完全分割を周辺確率 に集約する操作
全確率の公式 — 完全分割を土台とする公式
この用語を扱う本編記事
stats-07: 条件付き確率とベイズの定理 — 矩形分割でベイズの定理 を導き、独立性 と排反性の違いを 1 つの図にまとめる本編記事
よくある誤解
⚠️ 「同時に起こらない = 関係がない = 独立 」は誤りです。排反は「A A A が起きたら B B B は絶対起こらない」という最大限の依存関係であり、独立 (「A A A が起きても B B B の確率が変わらない」)とは正反対です。非零確率の 2 事象が排反かつ独立 になることは数学的にあり得ません。