定義
実現値(realization、または realized value)とは、確率変数 が試行を実行した結果として実際に観測された具体的な数値 のことです。
確率変数 は「試行前に値が定まっていない箱」であり、試行後に箱から出てきた「具体的な数」が実現値 です。この関係を 1 式で書くと次のようになります。
ここで (オメガ)は標本点で、「今回この結果が起きた」という根本的な ID です。(大文字オメガ)は起こりうる全結果の集合(標本空間)で、標本点は と書きます。試行とは の中から 1 つの を引き出す操作で、実現値とはその に対して関数 が返す値です。
性質
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大文字 は試行前、小文字 は試行後: 統計学・確率論の表記慣習として、確率変数は大文字 、その実現値は小文字 で書き分けます。この区別は式の読み方を正確にするために不可欠です
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の式では が確率変数、 が条件として置かれた具体値: 「確率変数 が実現値 を取る確率」を表します。代入ではなく事象の記述です
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試行後にのみ意味を持つ: 試行を実行する前、 という値は確定しません。試行の後にはじめて具体的な数として手元に残ります
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回の独立試行で得られた実現値の列がデータの素材: という列が、統計分析で扱う「データ」そのものです
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確率変数 は関数、 はその出力値: より厳密には、確率変数 は関数として定義されており、試行後の実現値 はその関数の出力値です(詳しくは深掘り参照)
視覚的に見る
サイコロを 1 回振る試行を例に、試行前の と試行後の を並べると次のようになります。左側に試行前の確率変数 (1〜6 のどれかを取りうる状態)、右側に試行後の実現値(この例では )が一点だけ残ります。
試行前、確率変数 は 1〜6 のどれかを取りうる状態として「宙に浮いて」います。試行(サイコロを振る)が起きた瞬間、標本点 (「3 の目が出た」という結果)が引き出され、 という実現値が手元に残ります。
残りの 1, 2, 4, 5, 6 は「この試行では起きなかった」結果です。試行を繰り返すたびに新しい標本点が引き出され、新しい実現値が得られます。
実世界での使われ方
実現値という概念は、データが存在するあらゆる場面で使われています。
公的統計の個票: 総務省統計局「家計調査」では、各世帯の消費支出が確率変数「日本の世帯の消費支出 」の実現値として観測されます。全国の世帯から標本を抽出し、各世帯の支出 が個票に記録されます。公表される平均消費支出は、この実現値の列の標本平均です。
金融市場の日次リターン: 日経平均株価の日次リターン系列 は、確率変数「日次リターン 」の実現値の列です。日本取引所グループ(JPX)の統計データが公開するヒストリカルデータはこの実現値の集積で、VaR 計算やボラティリティ推定はこの列に基づきます。
機械学習の訓練データ: 教師あり学習における訓練データ は、入力確率変数 と出力確率変数 の同時分布からの実現値の列とみなされます。この i.i.d.(独立同分布)仮定は scikit-learn 公式ドキュメントのクロスバリデーション節でも明示されています。モデルはこの実現値列から分布の性質を学習します。
疫学・臨床統計: 厚生労働省「国民健康・栄養調査」では、抽出された対象者の身長・体重・血圧等が確率変数の実現値として測定されます。母集団分布からの実現値列として扱い、推測統計で母集団の性質を推定します。
深掘り
(a) という写像の正確な意味
確率変数 は数学的には標本空間 から実数 への写像(可測写像)です。
サイコロの例で言えば、 で各 が「 の目が出た」という結果です。 と定義すれば、サイコロの目を表す確率変数の完成です。
「振る」という試行は の中から 1 つの を確率的に選ぶ操作です。「実現値」とは選ばれた に対して関数 が返す値 で、試行後に手元に残る「具体的な数」です。 という確率の式は、 となる の集合が起きる確率を表しています。
この写像の見方を取ると、 と の区別が自然に出てきます。 は写像そのもの(試行前に存在する構造)で、 は 1 回の試行で得られた写像の出力値(試行後に確定する値)です。
(b) i.i.d. な実現値列とデータ
同じ確率変数 について独立に 回試行を繰り返して得た実現値の列 が、独立同分布(i.i.d.: independent and identically distributed)の標本です。「独立」とは 回目の試行結果が 回目の試行結果に影響しないこと、「同分布」とは毎回同じ確率変数 から引くことです。
大数の法則は「 が大きくなると実現値の標本平均が (期待値)に収束する」ことを述べています。中心極限定理は「 が大きくなると標本平均の分布が正規分布に近づく」ことを述べています。いずれも「i.i.d. な実現値列が観測された」という設定を前提に、統計推測のほぼすべてが組み立てられます。
(c) sample という訳語の揺れ
英語の sample は文脈により指すものが変わる多義語です。統計学では「1 つの実現値 」を指すこともあれば、「実現値の集合 」全体を指すこともあります。機械学習では 1 件の訓練例(1 行のデータ)を「サンプル」と呼ぶことが多く、疫学では「抽出された対象者の集合」を指します。
統計学の日本語訳では「実現値」「観測値」「標本値」が混用されます。本辞典では「実現値 = 確率変数 が 1 回の試行で取った具体的な数 」を中心定義として使います。
よくある誤解
誤解: 「 という式は変数 に 3 を代入する意味だ」
確率の文脈で は「確率変数 が実現値 3 を取る事象」を表します。代入( という記憶域に 3 を書き込む操作)ではなく、「この結果が起きた場合」という事象の記述です。 は「 が 3 という値を取る確率」を意味します。
誤解: 「実現値とサンプルは別物だ」
統計学では実質的に同じ概念を指すことが多いです。分野や文脈によって 1 つの値 を指すか、集合 を指すかが揺れます。
関連する用語
詳しくは
- stats-06: 期待値(節 3 で (試行前の確率変数)と (試行後の実現値)の区別を導入し、節 4 で という形で両者が同居する期待値の定義に進む)