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用語解説確率

実現値

確率変数 X が試行を実行した結果として実際に観測された具体的な数値 x のこと。試行前の「値が定まっていない箱」が X、試行後に箱から出てきた「具体的な数」が x。

定義

実現値(realization、または realized value)とは、確率変数 XX が試行を実行した結果として実際に観測された具体的な数値 xx のことです。

確率変数 XX は「試行前に値が定まっていない箱」であり、試行後に箱から出てきた「具体的な数」が実現値 xx です。この関係を 1 式で書くと次のようになります。

X(ω)=xX(\omega) = x

ここで ω\omega(オメガ)は標本点で、「今回この結果が起きた」という根本的な ID です。Ω\Omega(大文字オメガ)は起こりうる全結果の集合(標本空間)で、標本点は ωΩ\omega \in \Omega と書きます。試行とは Ω\Omega の中から 1 つの ω\omega を引き出す操作で、実現値とはその ω\omega に対して関数 XX が返す値です。

性質

  • 大文字 XX は試行前、小文字 xx は試行後: 統計学・確率論の表記慣習として、確率変数は大文字 XX、その実現値は小文字 xx で書き分けます。この区別は式の読み方を正確にするために不可欠です

  • P(X=x)P(X = x) の式では XX確率変数xx が条件として置かれた具体値: 「確率変数 XX が実現値 xx を取る確率」を表します。代入ではなく事象の記述です

  • 試行後にのみ意味を持つ: 試行を実行する前、xx という値は確定しません。試行の後にはじめて具体的な数として手元に残ります

  • nn 回の独立試行で得られた実現値の列がデータの素材: {x1,x2,,xn}\{x_1, x_2, \ldots, x_n\} という列が、統計分析で扱う「データ」そのものです

  • 確率変数 XX は関数、xx はその出力値: より厳密には、確率変数 XX は関数として定義されており、試行後の実現値 xx はその関数の出力値です(詳しくは深掘り参照)

視覚的に見る

サイコロを 1 回振る試行を例に、試行前の XX と試行後の xx を並べると次のようになります。左側に試行前の確率変数 XX(1〜6 のどれかを取りうる状態)、右側に試行後の実現値(この例では x=3x = 3)が一点だけ残ります。

試行前の確率変数 X(左)と試行後の実現値 x = 3(右)123456確率変数 X(試行前)試行3実現値 x = 3(試行後)

試行前、確率変数 XX は 1〜6 のどれかを取りうる状態として「宙に浮いて」います。試行(サイコロを振る)が起きた瞬間、標本点 ω3\omega_3(「3 の目が出た」という結果)が引き出され、X(ω3)=3X(\omega_3) = 3 という実現値が手元に残ります。

残りの 1, 2, 4, 5, 6 は「この試行では起きなかった」結果です。試行を繰り返すたびに新しい標本点が引き出され、新しい実現値が得られます。

実世界での使われ方

実現値という概念は、データが存在するあらゆる場面で使われています。

公的統計の個票: 総務省統計局「家計調査」では、各世帯の消費支出が確率変数「日本の世帯の消費支出 XX」の実現値として観測されます。全国の世帯から標本を抽出し、各世帯の支出 x1,x2,,xnx_1, x_2, \ldots, x_n が個票に記録されます。公表される平均消費支出は、この実現値の列の標本平均です。

金融市場の日次リターン: 日経平均株価の日次リターン系列 {x1,x2,,xT}\{x_1, x_2, \ldots, x_T\} は、確率変数「日次リターン RR」の実現値の列です。日本取引所グループ(JPX)の統計データが公開するヒストリカルデータはこの実現値の集積で、VaR 計算やボラティリティ推定はこの列に基づきます。

機械学習の訓練データ: 教師あり学習における訓練データ {(xi,yi)}i=1N\{(x_i, y_i)\}_{i=1}^N は、入力確率変数 XX と出力確率変数 YY同時分布からの実現値の列とみなされます。この i.i.d.(独立同分布)仮定は scikit-learn 公式ドキュメントのクロスバリデーション節でも明示されています。モデルはこの実現値列から分布の性質を学習します。

疫学・臨床統計: 厚生労働省「国民健康・栄養調査」では、抽出された対象者の身長・体重・血圧等が確率変数の実現値として測定されます。母集団分布からの実現値列として扱い、推測統計で母集団の性質を推定します。

深掘り

(a) X:ΩRX: \Omega \to \mathbb{R} という写像の正確な意味

確率変数 XX は数学的には標本空間 Ω\Omega から実数 R\mathbb{R} への写像(可測写像)です。

X:ΩRX: \Omega \to \mathbb{R}

サイコロの例で言えば、Ω={ω1,ω2,ω3,ω4,ω5,ω6}\Omega = \{\omega_1, \omega_2, \omega_3, \omega_4, \omega_5, \omega_6\} で各 ωi\omega_i が「ii の目が出た」という結果です。X(ωi)=iX(\omega_i) = i と定義すれば、サイコロの目を表す確率変数の完成です。

「振る」という試行は Ω\Omega の中から 1 つの ω\omega を確率的に選ぶ操作です。「実現値」とは選ばれた ω\omega に対して関数 XX が返す値 x=X(ω)x = X(\omega) で、試行後に手元に残る「具体的な数」です。P(X=x)P(X = x) という確率の式は、X(ω)=xX(\omega) = x となる ω\omega の集合が起きる確率を表しています。

この写像の見方を取ると、XXxx の区別が自然に出てきます。XX は写像そのもの(試行前に存在する構造)で、xx は 1 回の試行で得られた写像の出力値(試行後に確定する値)です。

(b) i.i.d. な実現値列とデータ

同じ確率変数 XX について独立nn 回試行を繰り返して得た実現値の列 {x1,x2,,xn}\{x_1, x_2, \ldots, x_n\} が、独立同分布(i.i.d.: independent and identically distributed)の標本です。「独立」とは ii 回目の試行結果が jj 回目の試行結果に影響しないこと、「同分布」とは毎回同じ確率変数 XX から引くことです。

大数の法則は「nn が大きくなると実現値の標本平均が E[X]E[X]期待値)に収束する」ことを述べています。中心極限定理は「nn が大きくなると標本平均の分布が正規分布に近づく」ことを述べています。いずれも「i.i.d. な実現値列が観測された」という設定を前提に、統計推測のほぼすべてが組み立てられます。

(c) sample という訳語の揺れ

英語の sample は文脈により指すものが変わる多義語です。統計学では「1 つの実現値 xix_i」を指すこともあれば、「実現値の集合 {x1,,xn}\{x_1, \ldots, x_n\}」全体を指すこともあります。機械学習では 1 件の訓練例(1 行のデータ)を「サンプル」と呼ぶことが多く、疫学では「抽出された対象者の集合」を指します。

統計学の日本語訳では「実現値」「観測値」「標本値」が混用されます。本辞典では「実現値 = 確率変数 XX が 1 回の試行で取った具体的な数 xx」を中心定義として使います。

よくある誤解

誤解: 「X=3X = 3 という式は変数 XX に 3 を代入する意味だ」

確率の文脈で X=3X = 3 は「確率変数 XX が実現値 3 を取る事象」を表します。代入(XX という記憶域に 3 を書き込む操作)ではなく、「この結果が起きた場合」という事象の記述です。P(X=3)P(X = 3) は「XX が 3 という値を取る確率」を意味します。

誤解: 「実現値とサンプルは別物だ」

統計学では実質的に同じ概念を指すことが多いです。分野や文脈によって 1 つの値 xix_i を指すか、集合 {x1,,xn}\{x_1, \ldots, x_n\} を指すかが揺れます。

関連する用語

  • 算術平均(実現値の列 {x1,,xn}\{x_1, \ldots, x_n\} の総和を nn で割った値)
  • 期待値(実現値列の長期平均。E[X]=ixiP(X=xi)E[X] = \sum_i x_i P(X=x_i) という式の中で確率変数 XX(大文字)と実現値 xix_i(小文字)が同居する)

詳しくは

  • stats-06: 期待値(節 3 で XX(試行前の確率変数)と xx(試行後の実現値)の区別を導入し、節 4 で E[X]=ixiP(X=xi)E[X] = \sum_i x_i P(X = x_i) という形で両者が同居する期待値の定義に進む)